2016年12月 ANAから分社化されたANA X(エーエヌエーエックス)株式会社。3,000万人を超えるANA マイレージ会員の顧客基盤によるマーケティング・プラットフォーマーとしてANAグループの中核を担うユニークな企業です。
同業他社やLCCとの競争が激化する航空業界にあって、航空に留まらない領域に事業の幅を広げ、顧客を軸としたマーケティングにより新たなビジネスやサービスの開発に取り組んでいます。
今回は、2018年4月に顧客戦略部長に就任された 冨満様にお話を伺いました。
<インタビューにご協力頂いた方>
ANA X株式会社
顧客戦略部 冨満康之 様
●ANA X設立の経緯や会社のご紹介をお願いします。
ANA Xは、ANAの会員プログラム「ANAマイレージクラブ」を中心とした顧客マーケティングを担っていたロイヤリティマーケティング部(以下、LM部)がANAからスピンオフした会社です。
ANAグループは、もともと国内線旅客事業・国際線旅客事業・貨物事業を3つの柱としてきましたが、近年、非航空貨物領域にあたる顧客関連事業を4つ目の柱に据えたグループ経営戦略を展開してきました。そしてその事業を推進するにあたり昨今、ANAグループが提供する多様なサービスで形成しマイレージプログラムを通じて顧客の流入とご利用を促進する「ANA経済圏」の確立と拡大を目指しており、その推進を担う新会社としてANA Xが設立されました。
経済圏とは、航空会社(Air)の事業だけではない領域、つまりNon Air領域を含めた日常の様々なシーンでのお客様とのコミュニケーションの充実と拡大を図るもので、航空領域においてもANAグループ傘下にあるピーチやバニラといったLCCとの連携を可能とし、Non Air領域では旅行を取扱うANAセールスや日常の商品を扱う全日空商事などともより連携力を高め、事業領域を広げていくことを目指しています。
分社化のもう一つの目的として、専門性やスピードが挙げられます。
顧客を中心としたマーケティングの人材を社内で育成するだけではなく、ANA Xとしてデータベースやデジタルのマーケティング等に詳しい専門性のある外部人材を積極的に採用することが可能となってきます。また、新しい事業を立ち上げるにも、大企業の意思決定プロセスで進めようとするとどうしても時間が掛かってしまいますが、ANA Xの比較的小さな組織であれば、よりスピード感をもって進める事が出来ます。
●社員の方々もやりがいをもって仕事ができますね。
膨大で価値あるデータも保有していますし、デジタルマーケティングやデータベースマーケティング、事業の立ち上げ等、今後戦略の着実な遂行とともに社員のやりがいは益々高まっていくことと確信しています。
ANA Xが掲げるミッションやバリューは、まさに私たちの会社を表現しており、事業の位置付けには、CSVの観点も含まれています。そして、航空会社から派生した会社としては、その役割は世界でも珍しい例ではないかと思っています。
ANA X Webサイトより https://www.ana-x.co.jp/company/philosophy/
●改めて、ANA Xさんが掲げる経営理念は素晴らしいですね。
これまでのANAのLM部のままであれば、部門の活動計画の中に書かれるに止まり、外への発信は出来ませんでした。分社化したからこそ「我々は何たるか」をきちんと語ることが出来ているのではないかと思います。
お客さまがANA経済圏という名のレジデンスにいらっしゃるとすれば、住民であるお客さまが安心して快適に暮らせる、便利で豊かになれる世界を提供していきたいと考えています。飛行機のサービスだけでなく、ライフステージに応じて、お客さまに様々な商品やサービスを提供する会社になっていきます。
●ANA Xの立場からANA Webサイトはどの様に感じますか?
ANAのWebサイトは航空券を予約するための機能サイトとしての役割を主に担っており、掲載しているコンテンツも飛行機をご利用頂くにあたってのより分かりやすい情報のご提供という形になっているかと思います。私自身もかつては航空領域のサイトを担当し、予約・搭乗機能の使い勝手と情報コンテンツの分かりやすさを磨きに磨いてきましたし、それはこれからも変わらずANA事業として益々ブラッシュアップしていくところだと思っています。しかしながら、お客様との日常的なコミュニケーションの充実を図るという視点で、非日常的な位置付けにある航空領域に留まらない、様々なジャンルでのコンテンツの更なる充実が必要ではないかと感じています。
また、サイト構造の観点でもいくつか見直す必要性を感じています。例えばANA WebにあるANA マイレージクラブサイトの中にEC系ポータルサイトの位置付けにあたるANA STOREがありますが、より多くのお客様に日常シーンでのお買い物に訪れて頂く場の置き所としては課題があると思っています。
プロダクトアウトではなくより顧客視点で、特に日常のタッチポイントとしての役割を強化すべく、デジタルコミュニケーションの充実を図っていきたいと考えています。
●先程、事業の観点にはCSVが含まれるとのコメントがありましたが、そうした取り組みは、他の企業との差別化になります。
新規事業を考える上では、CSVかどうかという観点は重要なポイントだと常々思っています。事業性があるから、儲かるからだけではなくて、発想の元として社会価値と経済価値を同時に高められる大義を持った事業か、三方良しとなっているか等の視点で検討する必要があると思います。
社内で新規事業を考える上でも、ANAで進める意義があるかという議論になります。しかし、CSVを起点として考えた新規事業は、ANAでやる意義を十分有しているのではないかと考えています。
CSVに繋がる事業を生み、育てていくことは、良い経済圏を作ることに繋がると思います。こうしたANAらしさの訴求は、それら取り組みに共感するお客さまに良い経済圏であることを感性で感じて頂くことができます。
●ANA SOCIAL GOODSは、2015年のサービススタートから、これからの豊かさを提供する商品やサービスのECサービスとして、弊社も運営をご一緒させて頂いています。いくつかこれまでの取扱い商品をご紹介頂けますか?
ANA Webサイトより https://store.ana.co.jp/pickup/socialgoods_top
例えば、俳優やモデルとして活躍する伊勢谷友介さんが立ち上げたリーバースプロジェクトさん、そして、国内の有名バックメーカーであるマスターピースさんと共同開発した「AIRBACK」が挙げられます。このバッグは、自動車エアバッグの廃材とANAファーストクラス シート生地の余剰材を原材料として作られています。
また、銀座の老舗子供服店 ギンザのサヱグサさんがプロデュースする幻のコシヒカリと言われる希少価値の高いお米「コタキホワイト」を販売しています。
さらに、サステナブルな宿泊施設の認証機関であるBio Hotel Japanさんがプロデュースした栃木レザーのポーチ等も紹介しています。
●私たちも含めて、SOCIAL GOODSの商品選定には苦労しています。
選定する上で共通しているのは、商品としてクオリティが高いことはもちろんですが、環境配慮型の商品であったり、作り手の想いが込められているもの、開発に至る経緯にストーリーが詰まっていること、そして、感性を揺さぶる等の基準を設けています。
●ビジネス面での成果を教えて頂けますか?
具体的な販売実績等、詳しい内容はお伝えできませんが、「AIRBACK」は、これまでかなりの数を販売しています。海外有名ブランドのビジネスバッグと比較しても遜色ない個数を販売しています。
比較対象が、誰もが知る海外有名バッグブランドとなりますので、継続して大ヒット級の販売規模には至りませんでしたが、環境配慮型の Social Good な商品性や企画開発に至るストーリーをきちんと伝えることにより、販売者側の意識もさらに変えるスマッシュヒットな成果を上げることができました。
今後も同様のコンセプトにより、次の商品開発を検討しています。
●幻のコシヒカリ「コタキホワイト」は如何ですか?
ANA STOREでは、コタキホワイト以外にもコシヒカリを取扱っています。コタキホワイトの特徴は、希少米であることや、おしゃれなワインボトル入りのパッケージでも提供していますので、1kg当たりの単価は他の商品と比べて最も高いのですが、コンスタントに売れています。
商品化のきっかけは、ギンザのサヱグサさんがもともとCSR活動で訪れていた地域が震災によって被災地となってしまったことからスタートしています。そうした経緯で、米作りに関わる農家の方々とより積極的に関わり、商品開発のストーリーをコンテンツとして伝えたことにより、共感され支持されているのかと思います。
コタキホワイト https://store.ana.co.jp/pickup/socialgoods_161121_v4#wrapper
SOCIAL GOODSで取扱う商品は、価格的に安いものではありませんが、その良さに気付いて共感する人たちにその価値を伝えていきたいと思います。
機能や価格は競合企業に真似されてしまいます。これまで航空事業として、競合との競争をしてきましたが、共感ビジネスや良い経済圏を作り上げることは、簡単に真似をすることはできません。
●経済的視点だけの囲い込みとは一線を画していますし、ANAが進める意義があります。
SOCIAL GOODSを通して、社会価値、経済価値に加えて、お客さまの知的価値も向上すると考えていますし、これまでとは異なる経済圏を作り上げることが出来ると思っています。
●こうした商品の提供は、良い経済圏を作り上げる事とも合致していますし、お客さまのロイヤリティ向上から、エンゲージメントへ昇華できていると感じています。
こうした感度が高い商品を取扱い、継続することによって、ブランドイメージも高めることになります。今後も少しずつ積み上げていくことによって、飛行機の機能やサービスの良さだけだはなく、全く異なる視点で共感して頂ける、そして、ファンでいて頂けると思っています。
商品や商品開発への共感に加えて、ANAの取組みそのものに共感して頂いていると思いますし、もともとのANAファンの方々が、より深いファンになって頂けていると感じています。
●今後も SOCIAL GOODS を継続し、CSVとして売上も伸ばしていきたいと考えています。SOCIAL GOODS の商品は通常のECよりもロイヤリティの高いお客さまに購入していただいておりますので、SOCIAL GOODSを通してさらにエンゲージメントとロイヤリティを高めていくこと、そして、お客さまから他のお客さまへ繋がって行くことが理想です。
私たちがSOCIAL GOODSの様なサービスを提供していることも、通常であれば、航空会社がなぜこれをやっているのか疑問に思われるかと思います。しかし、良い経済圏を作るための取組みなのです。
概ね、SOCIAL GOODSコンテンツのいいね!数は、ANAの他コンテンツと比較しても多い傾向にあります。また、他ショッピングページと比較しても、お客さまが長い時間ページに滞在して頂いています。
こうした事をANAが取組むことに共感して頂いている結果かと思います。なぜ取組むのかを説明しなくても、これからの豊かさを提供するため、なるほど! と思って頂ける様にしていきたいと思います。
●これからの豊かさとは金銭的な価値だけではないということですね。
もちろんです。これからの豊かさとは、精神的な豊かさであり、人との繋がりであり、五感に通ずるものと考えています。
幸せの尺度も金銭的な価値だけではありません。安心・安全な良い社会であり、もしかしたら世界平和かもしれません。そうした社会をお客さまと一緒に作り上げていきたいと思います。
●2018年4月から顧客戦略部長に着任されて今後の展望をお聞かせ下さい。
ANAグループの中期経営戦略で、「ANA Xが中心となって新たな価値を創出しANA経済圏を拡大する」と明記されています。
会社設立以来、ミッションとしてマーケティング・プラットフォームを構築することを掲げていますが、今やまさに本格的に実行するタイミングにあると思っています。
お客さまのLTVを高め幸せにしていく。そして、共感できるコンテンツやストーリーで、商品の購入やサービスの利用をナビゲートしていくことを進めていきたいと思います。
そうした観点からも、SOCIAL GOODSの取組みは共感されていますし、差別化になっているかと思います。
便利・お得で差別化することはなかなか出来ませんので、Social Goodなプラットフォームなり、エコシステムを作っていくことがとても重要だと思います。
●SOCIAL GOODSに触れた人とそうでない人との違いは、お客様のLTVにも影響を与えると思います。
こうした考え方を哲学と捉える人もいますが、私にとっては、現実的なビジネスの施策であり、必要不可欠なものです。Social Goodなエコシステムは差別化につながりますし、ANAがやるべき事であり、確立させていく必要があります。
そうすることで、会社やブランドが生き残り、選ばれることになります。ビジネスの側面からも勝つシナリオであり、マーケティングの観点からも重要な施策だと思っています。
■コラム執筆・インタビュアー
エンゲージメント・ファースト 萩谷 衞厚
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